
1.知の価値
ネットも光通信になってから、伝送速度が飛躍的に向上した。ブロードバンドが情報の高速道路だとすると、サーバやハブはサービスエリアやインターチェンジ、料金所なんかのインフラ。走る車は、ネット内の情報。車の種類や性能はいろいろあるはずだけど、どれがどれくらいの性能かなんて分からない。
新聞はもはや斜陽産業。契約者数は減少の一途。産経はとうの昔に夕刊を廃刊した。唯の一次情報媒体としてみた場合、新聞の役目は終わってる。一次情報ならネットに溢れてるし、もっと多くの人が読んでいる。
新聞もそれが分かっていて、最新記事は脱稿と同時にネットに載せられるのにそうしない。同時に載せたら、紙媒体の価値なんてないから。ネットの威力は脅威。間違った報道をしようものなら、たちまちネットで祭りが起こる。嘘はすぐばれる。
出版業界も状況は同じ。再販制度はもう時代遅れ。定価販売が義務づけられている商品って本くらい。電化製品をメーカー希望小売価格で売る店なんてない。1年保証、アフターサービスは当たり前。価格は販売店が決める。紙の出版物だって競争原理が働かないと、ネットに淘汰される。
ネットのインフラにはプロバイダ料金を支払うけれど、中を走るコンテンツは殆どが無料。ブログ日記が本になる時代。無料で読めるものをわざわざ印刷してる。だから、その中で売れる本は稀。繰り返し読むに耐えて、手元にとっておきたいくらい値打ちがないと誰も買ってくれない。
今までは、誰それが書いたから原稿料はこれくらいで、何冊刷るから、値段はこれくらいで、と出版社が決めていた。ネットの登場で強力なライバルが出現した。出版業界も更なる競争に晒されるようになった。
なぜかというと、ネットで情報発信する人が膨大で、厚みがあって、ネット内で競争されているから。漫画家の卵が沢山いるようなもの。それぞれ自分の作品をネットに持ち込んで発表してる。同人誌の山。プロじゃないから、もちろん無料。にも関わらず数多くの目に晒されて、磨かれ、淘汰され、レベルが上がる。つまらないものは消えてゆく。ブログランキングなんて人気投票そのもの。
2.知の性能
電化製品は性能を数字ではっきり示せるから値段が付けやすい。消費電力、動作周波数、メモリ容量などなど。この機能とこの性能ならばと大体の相場がある。本の値段は、ページ数・装丁・原稿料・発行部数から決まることがほとんど。中身で決まっている訳じゃない。中身の相場もない。知性の性能表示なんて出来るわけないといえばそれまでだけど。
ネットでは膨大な知性が安売りされている。知的レベルに差はあるはずなんだけど、みんな同じ扱い。値段がつくのは一次情報で機密性の高い限定情報くらい。
知の性能が表記されていないと損をすることがある。忙しい現代人が、性能の低い知に時間を投入したら、その時間がまるまる無駄になる。それに気づくのは大抵読み終わった後。
だから知の性能の表記ができて、性能が高いものを保護育成し、戦略的につかえれば、国力はもっとあがる。電化製品は性能を測定できるけど、知の性能は全然無理かといえば、全く方法がない訳じゃない。
料理とかホテルのランクって、知と同じで数字では性能表示しにくいものだけど、れっきとしたランク差が存在してる。ランクはミシュラン調査員とか、著名人、食通が評価して決めたりしている。皆それを受け入れているし、信頼を寄せている。これは具体的に数字で性能表示できない分野でも、その道の専門家なら判断が出来るということ。
3.知の指向性
知には内容そのものが誰を対象としているかで指向性を持っている。指向性の高い知は目的が明確で、コアな対象への効果が絶大。専門知識であったり、マニアックだったり。全方位の知は、誰にでも使えるけど、何に使えるか、どれくらい効果があるかはあまり明確じゃない。
基礎教育は全方位性が高く、専門教育にいくにしたがって、指向性が高くなる。その分市場は狭くなる。方位によっては、対象そのものが市場にない場合だってある。
だから、世の中に広く知れ渡っているような知は、全方位性のものが多く、指向性の高い知はあまり認識されない。国の知力は、その国の持っている全方位性の知と、奥に隠れている指向性の高い知との総和で考えなくちゃいけない。
指向性の高い知は、普通はその道のプロが持っているものだけど、プロがプロたる力を保持できる理由は、その下に膨大なアマチュア層の厚みがあるから。アマチュア層が充実すればするほど、その上に君臨するプロのレベルは高くなる。専門職でないアマチュア市場の充実度でその国の知の潜在力を推定できる。
デイリー・テレグラフ東京特派員のコリンジョイスは、東京には、どんなに地味なトピックでも、それに傾倒してやまない小さなグループがある、と紹介している。日本のアマチュア市場には指向性の高い知が、全方位に揃ってることになる。偏ってない。アマチュア層の厚い、肥沃な大地がある。
指向性が高く、専門性が高くなればなるほど、研究がすすみ、日進月歩で更新される。研究されつくすのが早い。賞味期限はさほど長くない。しかし、指向性の高い知は、時代に受け入れられ、求められたときに急激にピークを迎えて、ブームになる。一過性の動きになりがちだけど瞬間最大風速は大きい。
これに対して、全方位の知は対象が広い分、一度に役に立たなくなるケースは少ない。内容の更新も緩やか。だから全方位の知は賞味期限が長くなる。賞味期限が長い知はやがて、人々の風俗・伝統・しきたりに吸収され、なじんでゆく。全方位の知が人々の血肉になって、新しい知の安定生産状態に入る。
知は言葉に表されて知識になる。知識の段階になってはじめて他人に渡せる。知識の大小はあっても他人に渡せる形式になっていることが大事。でないと他人は使えない。誰かから投げられた知識は、別の人に受け取られて使われる。知識の価値は、次の価値を生むかどうかの有用性で測定される。
4.知の有用性
知は、その知がもつ指向性という「方位」と、最先端研究の深度という「奥行き」と、その知識が通用する月日の「賞味期限」を、掛け合わせた体積をもつ「ブロック」として存在する。
知識自体が誰でもアクセスできる現代では、知識を持つこと自体は優位をもたらさない。知のブロックを受け取った人にとって、使えるかどうがが大切。知の核の部分が真実かどうかが鍵となる。
数学で新しい発見や証明が発表されると、それらは専門の数学者が寄ってたかって、真実かどうかを検討される。間違いないと確認されて始めて公理・定理として認められる。価値を持つ。
人口に膾炙する知もそんな風に性能表示されるようになる。使える知なのかどうかは、その道の専門家の査定と人気や口コミ情報などである程度分かる。主観の情報も数が集まれば、客観になる。
グルメの情報誌は、自分が食べたわけでもないのに、いわゆる食通の人の舌による判断に委ねている。それが正しかったかどうかは口コミによる後検証ではっきりする。知のブロックの位置、形状、体積がどれくらいあって、どのランクに位置するかの知の情報査定ができるということ。
だから、本は出版される前に中身の査定をされて、それに応じて、発行部数や値段が決められるようになる。アマゾンなんかは、出版された本をカスタマーレビューとして星いくつとかで査定している。出版前の読者モニターでカスタマーレビューを集めれば、その本の中身の知がどれくらいの性能なのか参考データを揃えられる。
ブログ本なんて、昔の週刊誌・月刊誌連載が纏まって本になるのと同じ。マンガの一部はもう商用ベースでネットからダウンロードされて読まれてる。ダウンロード数に比例して印税がきまり、その数に応じて、初版発行部数を決めたほうが合理的。
逆にダウンロード数が少なくて、紙媒体になり得ないものも、希望者には製本してくれる注文生産型サービスもありえる。
ただし、知の内容によっては、専門家が査定不能のケースもある。俗に言う、民間療法やオカルトの類、さらには、全く新しい前例のない考え方がそれにあたる。
秋田の玉川温泉の放射線治癒効果は、専門家は認めないが、口コミで効果があると広がり、一部で流行っている。知のブロックで表現すれば、専門研究の奥行きはゼロだが、方位と賞味期限が長い、2次元の面で表される知。
更に、まったく新しい考えは、過去の歴史がなく、専門家も査定できず、対象の方位も不明な、特移点として表現される。
専門家の査定と口コミが乖離するであろう2次元以下で表現される知の中からも有用なものが出てくる可能性は当然あって、性能表記しておく意義は十分にある。
5.知の潮流
誰でも自分の専門分野の未来は予測できる。良く知っているから。知の性能表記が普通になると、自分の所属する専門領域の指向性が高い知が将来どこに向かってゆくかの予測を、知のブロックにして発信できるようになる。
知の対象となる市場とその下のアマチュア層に厚みがあれば、発信された知のブロックが奇抜なものであったとしても誰かが受け止めてくれる。中には、さまざまな工夫や発見がされて、もっと新しい考えや商品が開発されるかもしれない。知の市場の厚みが土壌となって、新しい流れを作る。
日本のマンガ・アニメが次々と新しいものを生み出していけるのは、膨大なアマチュア層の厚みと歴史があるから。ヘンテコなものでも受け入れてくれる層があると信頼できるから、なんでも市場に出せる。指向性の高い市場から他の領域に拡散するにしたがって、知の有用性の査定と検証が行われる。
指向性が高くても時代がその知を求めることがある。その知がブームなのかトレンドなのかで、未来に渡って有用であり続けられるかどうかが決まる。ブームは飽きられる。賞味期限が短い。極言すれば本物じゃない。
トレンドは質において全方位性の種を持ってる。識者が見極め・評価し、大衆が本物の匂いを嗅ぎ取る。じわじわと使われ、長い年月を掛けて伝統や行動原理にまで溶け込んでゆく。
省エネや環境保護に関する知は昔から存在していた。最初は狭い専門領域の知だったけれど、今は時代が求めて他の領域に広がっていっている。
発信された知のブロックが有用性を持って、他の領域の人々に受け取られ、全方位に渡って拡散してゆくと、その知識が国民全体の共有知識、常識になって普段の行動や消費活動に影響を与える。やがて国全体の方向性にまで影響を及ぼす。
肥沃なアマチュア市場の大地から次の時代の知が芽を出したとしても、知の性能を査定できていないと、別の目利きに青田刈りされて他所に持っていかれてしまう。
将来、日本や世界がどんな知の指向性に向かっていくのかを見極め、その知を保護し、伸ばして、発信してゆくことで、未来の世界像が描かれる。それをいち早くつかんだ国家が世界をリードする。
(了)